『グランヴァカンス』

今年は今の所SF当たり年だ。『マルドゥック・スクランブル』とこの作品を続けて読めただけで暫くは幸せだ。
この作品が扱っている残酷で美しい世界は、秀逸だ。
永遠に続く夏の一日。不便さを含めて快適に過ごすための仮想リゾート。照りつける日差しはイメージの中の在りし日の南欧あたりの海辺のリゾートのように美しい世界だ。しかしその仮想の世界の成り立ちは、リアルに生きる人間の陰湿で残酷な欲望を満たすためのものだった。この透き通るように綺麗な世界が、残酷な目的のために美しくあると言う状況がすばらしい。偽善的なまでに健全に見える豊穣な世界の、ほんの一枚裏側で人が行ってきた行為の残虐さ。
欲望を倒錯的に満たすために創造された理想的な桃源郷。この世界の設定だけでも読み応えのあるものだ。
その上で放置されたリゾートで起こる出来事を、時にグロテスクに時に美しく描写していく。苦痛を際限なく求める絶対的な苦痛の塊。享楽のネットワーク。
美しく残酷である世界で起こる、残虐で隠微な目的のための繊細で綺麗な人物達への残酷の行為。抗う事のできない誘惑。
読み進めている間中、自分の中にもある隠蔽された残酷な欲望の片鱗をいやがおうでも意識してしまう。
冲方とは対照的な作者の繊細な文章も、この微妙なバランスの世界をより秀逸なものにしていると思う。
この先の残り2編がとても楽しみだ。例え何年待たされる事になったとしても、この作品の感触は待つ価値がある。
■ハヤカワSFシリーズ・コレクション  グラン・ヴァカンス―廃園の天使1