「ラスト サムライ」

ゴールデングローブ賞アカデミー賞への渡辺謙のノミネートで、ワイドショーでも話題のハリウッド時代劇。ロードショーも終了間際と言うことで、先週の映画の日の屈辱にも負けずやっと観てきた。来週までの公開でも、まだ立ち見なんだよな。おそるべしアカデミー賞効果。
明治維新直後の日本を舞台にした、武士道の物語。すでに観ている知り合いたちの多くから、かなり好意的な話を聞いていたのでかなり期待していた。最初に速報を映画館で観た時には、ばかなタイトルの映画で、しかもトム・クルーズ主演と言う事でB級臭さばりばりだと失笑したんだけれど。
で、観賞後の話として結論は、俺にはどうも駄目だった。
当時の日本の風俗や、武士道や侍やその他の事を良く調べていると思う。ハリウッドにしてはって言うのも失礼なくらい、日本について気をつけながら作品にしていると思う。日本人が描く外国よりずっと本物だ。
プロダクトデザインのクオリティもかなり高い。鎧の造作やデザイン。着物の質感や軍服の感じも文句のつけようがない。
だから映画の質としてはかなり高いものだと思う。小雪も素敵だし。渡辺謙も真田弘幸も好演を通り越した熱演だ。原田真人も監督を正業としているとは思えない存在感だ。天皇をめぐる状況などがどうだろうと言う部分もあるが、それはストーリーの求める許容範囲だ。子役だって良い演技をしてる。風景も綺麗だ。こう書くと何の問題も内容に思えるな。
が、この作品の大本にあたるサムライ=武士道、勝元の存在が素直に入ってこないのだ。彼は何のために武士道を貫こうとしているのか。明治天皇への忠誠なのか?勝元が生まれ育った故郷を守ろうと言う思いなのか?先祖から受け継ぎ大事に守ってきた伝統としての道なのか?
天皇への忠誠ならば、彼の存在は中途半端だ。近代化を求め列強と並び強い国を造ろうとしている天皇の元で武士道を活かす方法は選ぶために苦悩すれば良い。例えお上が豪商あがりの大臣に操られているとしても、その豪商を排除しお上を助ける事にこそ武士道を見つける事ができるはずだ。
故郷、もしくは伝統を守るためならば、それは彼らの傲慢さだ。武士道とは違う。外国人から観たら日本の美しい四季を守るために生きていく漢逹の思いが、静かだけれど強く熱い武士道に映るのかもしれないが、それは傲慢なエゴだ。天皇に忠誠を誓う言葉を口にしながらも自分の住む場所、歴史をまもるためには抵抗するというエゴだ。
結局、この勝元の守る武士道=サムライの心に対して感情移入なり共感ができなかった。だからラストシーンで周囲が鼻をグズグズ言わせている中で、ほんの数滴も涙が出てこなかった。どちらかというとしらけていた。もちろん勝元の死に敵の中将が尊厳と最大限の礼を持って頭を垂れ、それにあわせ軍人逹も頭を垂れるシーンに感じるものがないわけじゃない。でも彼らが何に心打たれたのかが不明なままじゃ、そう簡単には心に響かないよ。制服組が死んでいった男に敬意をしめすシーンってのは別にどんな物語でも、それだけ少し胸が熱くものだしね。
とにかく渡辺謙が大好演で、存在感のある役を演じているだけに、その根拠である武士道が見えないのがつらい。
武士道とは死ぬ事と見つけたり。という言葉があるが、それはそれで一つの真理なのだろうけど、それすら勝元の中には見つけられない。中途半端なのだ。
やがて滅びるものとして自らを意識した侍であるのならば、そこには男の美学がある。裏切られた忠誠を貫き通すための義があれば、そこには同情すべき純真な熱さがある。
どこにあるんだよ、勝元の熱さは。
外国人じゃない、日本人の俺の琴線に触れる熱さも美学も残念ながら勝元の中には無かった。
俺には感動する作品ではなく、感心する作品だった。
日本人スタッフでなく、ハリウッドのスタッフが造る日本の造作の美しさ。どこにも本当は存在した事のない、理想の日本の過去の村。メイキャップの美しさ。これなんて今後小雪はつらいよ。だって日本人のレベルの低いありきたりなメイクにまた戻らなきゃいけないんだから。二度目だがプロダクトデザインは素晴らしいと思う。甲冑のデザインやディテールは、今の日本では絶対に実現できない。
そして合戦の凄さだ。昔「天と地と」と言う角川映画でカナダロケの合戦シーンがあったけれど、あんな甘いものじゃない。黒沢だって誰だって、この合戦シーンを観たら嫉妬するだろう。
下に書いた「あずみ」も面白い殺陣だったけれど、この作品と比べると大人と子供ほどの違いだ。そりゃ子供なりのがんばりや、子供ならではの魅力もあるが、真田弘幸や渡辺謙そしてトム・クルーズの表情や動きを観てしまえば、そうとう辛い。
勝元が初めて登場する森の中から始まる殺陣は、日本人監督では絶対に撮れない空気と、スピードと迫力だ。時代劇の呪縛とは無縁に造られた時代劇のなんと凄い事か。太秦には太秦の存在意義はあったし、今もあるのだろうけどれど、時代劇を駄目にしているは同時に彼らだと言う事がよく分かる。
話が枝道に逸れた。この映画は、残念なながら物語としてはあまりピンとこない物だと思う。歴史を知っているとかいないとかは関係ない。映画のコアにあるサムライスピリッツが中途半端なものだからだ。しかしそれ以外はかなりクオリティの高い、志の高い映画だ。第一にトム・クルーズの映画制作への誠実さが良く伝わってくる。
時代劇全般に関する事は、次(上)の新選組の中で書こうと思う。

公式サイト http://www.lastsamurai.jp/