『蒼穹の槍』陰山琢磨

ノベルズらしい、近未来軍事社会スリラー。架空戦記ものでは有名な作者らしいが、知らなかった。専門用語や軍事用語を使いながらも、マニアックにならずに適度に抑えられた筆、てんこ盛りに詰め込まれたアイデア。そのアイデアもリアリズムを壊さない程度には調整されバランスがとれている。
日本の小説では、いがいと少ないバランスの取れた近未来小説で、読んでいる間は物語に没入できる。
麻薬を弱者の救いとして、世界を相手に前代未聞のテロを行う敵役の存在をもっと深く書き込んでいたなら、もっと格調の高い小説になっていたかも知れないが、あえてノベルズレベルのアクションスリラーとしてまとめられている所が、心地良い。
屁理屈も、思想も関係ない。血湧き肉躍るエンターテイメントとしての小説を思考している立ち位置は、あっぱれだと思う。
軌道上の急拵えの衛星に立ち大きな新素材の弓を持つヒロインの姿の、漫画的な凄さはどうだ。地球を見下ろす表面加工され燿く槍の、荒唐無稽な美しさはどうだ。こういうビジュアルを想起するはったり的なばめんの面白さは、エンターテイメントの神髄だ。リアルである事と対立するものではなく、一冊の本の中で美しく成立するフィクションの面白さだ。
ストーリーの進行の弱さや、ひねりのない展開がじゃっかん食い足りないけれど、それでも二時間で読み終わる程度の非日常な楽しさは満喫できる。