『川の名前』川端裕人

『The S.O.U.P』や『竜とわれらの時代』のような話とは、少し趣向の違った青春小説。『夏のロケット』の少年時代のパートと作者のもうひとつの顔、ノンフィクションライターとして追いかけてきたペンギンや自然の話が一つになった、気持ちの良い作品だ。実際の少年時代、少年の頃こうだったと思う幻想の少年時代、を思い出させられる。
多摩の架空の川、街を舞台にした小学生=カワガキ逹の夏休み。友人もライバルも、同級生の女の子も、みんな活き活きと夏を生きている。自分もその中の一人として冒険にワクワクしながら、自分の弱い部分や、いこじな部分を振り返り、もう一度夏休みを過ごした気分を味わえる。
特殊な才能や、見目麗しくない自分の姿、勉強だってそんなにできる訳じゃない。それでも生きている。狹いながらも自分の周囲にある社会の中で、精一杯背伸びしながらやってきたよなと思う。苛めや暴力的な連中は実際にはもっと救いがなくて、汚くて暗い事ももっと溢れていた。それでも振り返る過去は、これくらいの程度がちょうど良い。ノスタルジーの対象となるのは普通だった少年の自分と、許容範囲の中での汚い社会だ。
俺にもこういった自分の全てを投げ出さる対象があったら、どんなに素敵だっただろう。小説の中で再確認して体験する夏の経験でしかないが、今改めて夏の日にこの小説を読めた事は嬉しい。
自分の暮らす場所を川の名前で表す。なんて魅力的な視点だろう。
俺の川の名前は? にやけた顔をしながら想像は膨らむ。
やっぱり夏は、ちょっと倦んだ気分でいながらワクワクして、背伸びした非日常な冒険を経験するものじゃなきゃいけないよな。