『ブルータワー』 石田衣良

石田衣良の『池袋ウェストゲートパーク』シリーズは最高に好きだ。ついでにTVドラマシリーズも好きだ。小説の誠の冷めて熱い思いは、日本だけでなく海外のニューハードボイルドの中でも屈指のかっこよさだと思う。直木賞を受賞した『14』の台詞にも熱く涙を流した。しかしこの著者初のSFは正直いただけなかった。設定や執筆のモチベーションはよく分かる。しかしこうも単純なSFで、単純な筆運びでは、少しも興奮も感動も驚きもしない。読者の照れるような純な部分を刺激する台詞と、クールな熱さこそを感じさせる台詞が作者の一番の良い所だと思うのだけれど、架空の未来の登場人物の台詞には今を生きる俺達が共感を感じるのは難しかった。上手いSFは、今と未来や架空の世界を結び読者の共感を産ませるが、この作品の世界には直接の共感を抱く事はできない。残念だ。
もちろん作者の十八番の熱い会話や思いは出てくる。石田の意外と真摯な姿勢も伝わってくる。しかし彼の資質はSには残念ながら向いていない。
架空の社会、世界をリアルな世界として読者である俺達の目の前に提出するには、かなり高度な構築が必要だ。この本にはそのための仕組みが浅くしか存在しない。
現代の南北の問題を塔の上下の問題に単純に置き換えた時点で、すでに負けだ。そんな単純なものじゃないし、ストレートな置き換えは問題をチープに感じさせる。一ひねりも二ひねりも、屈折も捻れも必要なのだ。ここにあるメタファーは底が浅く分かり易すぎる。
こんな単純なヒーローに誰が共感できるのか?分かり易さしかこの小説に褒める所は無い。
もっと多くの枚数で、深く構築された設定で、綿密に語られてこそ、彼の一番の熱い台詞が活きてくる、はずだ。
SFというジャンルは石田には向いていない。例え少年時代にSFを深く楽しんだとしても、作家としてはあまり挑戦する必要のないジャンルだ。現代に生きる普通のように見えて普通に生きていない熱い連中を登場人物にした、現代小説をもっともっと書いて欲しい。