『生首に聞いてみろ』 法月綸太郎

新本格と呼ばれた作家の中で、唯一法月だけが好きだった。代表選手の綾辻の内輪にしか通用しないような閉じた空気の小説や、ただのミステリーマニアの延長でしかない作家もどきの新本格と言う名の小説もどきは時間つぶし以外の何ものでもなかった。そんな中で彼だけは、自分の内を向き、外に向いた言葉で他者へ物語りを届けようとしている作家に感じられた。
そのセンシティブと言うよりもナイーブな製作の姿勢からスランプに陥っていったのも、残念な事だけれど頷けるものだった。作家と同じ名前の登場人物が事件に巻き込まれる過程で、依頼者や被害者を救えない自分、事件を後手で追いかける事しかできない自分、事件と自分との距離に戸惑い困惑する自分、そうした自分自信について深い悩みを抱き、超人的な探偵とはまるで反対な真摯な登場人物としてそれでも事件を解決していく姿に共感を覚えた。
ここまで真摯に事件に被害者について、探偵である事について悩んだ真面目な探偵は他にいない。
ロス・マクドナルド風の家族の問題をいつも扱う事にも、強く惹かれた。綸太郎と父との関係と同時に、普通の家族の問題が顕わになり、事件の解決が関係者の生活の崩壊や破壊につながっていく。それでも真相を顕わにしなけらばならない探偵としての性に立ち向かう、か細い綸太郎に痺れた。
待たされまくったこの新作も、新たな家族の問題にまつわる事件をめぐる物語だ。
斜めの屋敷や、機械仕掛けの館や、妖などの奇想天外な謎は登場しない。首を斬られた彫刻、おどろおどろしくなりそうな素材を単なる芸術作品として提供する、普通の世界の事件だ。
数年ぶりに帰ってきた綸太郎は、今までと同じように立ち止まり悩み事件と格闘するが、今までよりも一踏み出した強さを感じさせてくれる。ぐじぐじと思考する所は変わらない。それでも芯に一本何かが加わり少しだけ強くなった姿は、さらなる魅力だ。
現代芸術に関する考察は正直良く分からない。ここに書かれた事や法月の記述する問題は小説の中のものとして理解はできるが、実際にはどうなのかは残念ながら俺には分からない。が綸太郎の小説としての魅力が減る訳ではない。
探偵法月綸太郎の新しい展開。それだけで楽しめる一冊だ。一歩踏み出した彼の姿を楽しんで欲しい。
読み応えとしては残念ながら物足りないのも事実だけれど、賞を受賞した短編の数々もこの長編のどちらも、この先の新たな綸太郎の序章と言うことで納得しよう。
そうでなくては困るよ。ここまで待たせたのだ。次々と彼の姿を、できれば一歩ずつ歩んでいく綸太郎の姿を見せてくれ。