『魔王』伊坂幸太郎

講談社の文芸雑誌「エソラ」に掲載された長編。
作者には珍しく、周囲にある悪意を分かり易く真ん中に置いて物語りを紡いでいる。キングのデッドゾーンを意識した構成だけれど、ここに書かれている物とキングとは別なものだ。
作者のいつもの軽妙な口調は健在だけれど、投げ掛けてくる物はかなりストレートだ。悪とは何か?悪と思われる物に対してたった独りの個人が孤立して正義を立てる事はできるのか?
俺はここに登場するファシストがけっして悪人には思えない。どちらかと言えば共感を覚える。徹底した悪人にしなかったのは、作者の意図だろう。全体主義、独裁政治は、ヒトラーと言う最悪のサンプルが既に存在して行ったように結果として巨悪になり恐怖政治や弱者の切り捨てにつながり安い、が強いリーダーシップを持つカリスマが正しい道に社会を率いる事はそれだけでは悪ではないだろう。思考もせずに、条件反射の脳髄反応でファシスト=悪だと単純に捉える事しかできないような人間には理解できないだろうが、俺はファシズムには共感を抱く。心底絶望すれば次に求めるのは強い中心になるではないか。
作品の内容からかなり遠くに離れてしまった。
いつもの文体、いつものユーモアはこの作品にもしっかりと書かれている。それでも生きる強さや、押しつけない優しさ、底にながれている冷静で若干シニカルな視線もちゃんとある。無いのはレトリックにあふれた構成の面白さだけだ。時には良いじゃないか。構成の面白さが無い分、ストレートな伊坂の良い点が全てつまっているのだから。
今年最後のお奨めだ。本屋に飛んでいって「エソラ」を書いたまえ!(他の掲載作品はどれもいまいちだし、マンガ多すぎだけど)