「女王の教室」第三話

阿久津先生の言う事は、ことごとく正論で、正しい。長いけど引用。「あなたのクラスの合唱を聴いても、仲良くなろうなんて思いませんよ、うちの生徒は。不真面目でやる気のない生徒が沢山いてもしかりもせず、逆にご機嫌をとるようなまねばっかりをして、教師をサービス業かなんかと勘違いしてるんじゃないですか」
「(生徒を)愛する事と、甘やかす事は違います。12歳の子供なんてまだ未完成の子供なのよ。その未完成な人間に媚びを売ったり、彼等を甘やかしたりしてどうするんですか。罰を知らないで育った子供は、社会に出ても問題や事件を起こす大人になるだけです。そういう人間を作らないために学校はあるんじゃないですか。だから私はルールを乱したり、反省をしなかったりする児童には罰を与えます。学校を止める子がでてきてもかまいません。他の児童に悪影響を及ぼすような子なら、いないほうがましです」
何一つ間違ってない。最近公式HPの掲示板でやたらと議論が盛り上がっているらしいけど、盛り上がるも何もないだろ。熱狂を持って受け入れるべきだろ。こんな台詞をテレビドラマで聞けるとは思わなかった。
これを不快に感じる大人がいたら、そいつは馬鹿でどうしようもない大人だ。まさか子供なんて持っていないだろうが、もし子供を持っているとしたら、そいつは恥を忍んで社会から身を隠して欲しい。子供を育てる資格があるのか、どうかもう一度自分の胸に手をあてて考えて欲しい。
子供は、未熟でどうしようもないできそこないの存在だ。大人と社会が矯正してルールとモラルを身をもってたたき込む事こそが、教育だし、その中からこぼれ落ちる者は、しょせんその程度のものだろう。反発を胸に抱き、大人や社会に憎悪を持ち反抗するのも、一つの選択だ。しかし甘やかしてはいけない。あんな未熟で馬鹿な子供と言う存在を大、過保護に大切にする事には、何の益もなければ、社会にとって罪悪しか産まない。その上で小学生どものずるさと強さの両方を描いてみせるのは立派だ。
いやー、それにしても良いドラマだ。突然変異的にこうしたドラマが出てきた事。この脚本・企画を通したプロデューサをリスペクトだ。
最終回に向けて、阿久津先生が「改心」して、くだらない日教組的なクソのような理想と愚かな甘い考え方を口にしない事だけを望む。エンディングのダンスに、日和見がにじみ出ていてそれだけが心配だ。