『金春屋 ゴメス』

ファンタジー大賞受賞作。受賞作の傾向や内容にものすごく広い幅があるだけに、好き嫌いがはっきりわかれる作品が多い賞だけれど、この作品は万人に薦められる傑作だ。
関東北部に広がる国の中の独立国、江戸。東京を初めとする外の世界とは鎖国状態にある江戸で起こる奇病をめぐるミステリー。小説の筋そのものは、珍しいものでじゃない。が、ここに登場する陰の主役、小説のタイトルにもなっている奉行の頭ゴメスの設定だけで、この作品は間違いなく傑作になっている。横暴で暴力的で非情な暴君。それでも溢れる人間的な魅力。ゴメスの登場を読みだけで、この作品の醍醐味を味わえる。
筋やストーリーを楽しむものや、レトリックや美しさを楽しむもの、小説ごとに魅力がる。そうした作品ごとの固有の魅力に触れることが、読書の快楽なわけだけけれど、この作品は、ゴメスを中心とした江戸の世界に触れることが、他にない快楽だ。ストーリーが終わっても、いつまでもこの作品に触れていたい。田園の緑の上に広がる青い空や、深い夜の暗い闇、紙と木で出来た雑多な街並みをあるくいなせな人々。ここにある世界は、素敵だ。活字を通してしか触れることのできない心地良い世界を楽しめた。それだけで、この作品に満足だ。シリーズ化されてしまう可能性もあるが、できればこのままこの一冊の中で、永遠にこの世界が広がっていて欲しい。読んでくれ!