「クラッシュ」

人生は単純じゃない。そんな単純なことなのに、つい日常の中で忘れてしまう。特にフィクションの中には、単純な構図ばかり求めてしまいがちだ。そんな安易なフィクションではなく、今の生活の中にある、日々の営みの中での人と人の関係、複層にからみあった人間関係の切なさとやるせなさ、そして微かな希望を描いたのがこの映画だ。
出合い頭の事故のように、人と人が出会い、関係が生まれ感情や状況が変化していく。しかし、おとぎ話のようにそこから幸せが生まれるようなものではない。
建前では人種差別を無くし、差別を排除しているアメリカ。実際の生活の中では深く当たり前のように根付いている人種差別は、だから一層深刻なもので、排除しがたく日常に横たわっている。映画の中にある、差別の感覚はとてもリアルだ。簡単には払拭しがたく、それぞれの感情に根深くしみ込んでいるために一方的に断罪できるものじゃない。
このリアルで切ない現実のドラマは救いが無い。誰にも解決できず、解決方法を観客が夢想することもできない。しかし映画は最後に、クリスマスの奇跡を見せてくれる。
華やかで抜本的な解決でもなく、登場人物が完全に救われるハッピーエンドなわけではないが、希望と救いの可能性を静かに描く。幸せを大げさに歌い上げることの嘘や空しさ、安易な解決をしめすような図々しい傲慢さではなく、それでもやるせなさや切なさ、解決しようのない不条理な不幸を抱えながらも、微かな希望や救いの可能性を信じさせてくれる。
黒人を侮蔑するプアホワイトの警官が命をかけて事故にあった黒人を救う。成功した黒人や白人に憎悪を抱いた最下層の黒人を救う黒人。傲慢な白人検事に人としての矜持を突き付ける黒人警官。それぞれが置かれた環境の中で、一歩だけいつもと違う強さを持った行動を起こすことで、訪れたクリスマスの奇跡と同時に、黒人をかばい続けていて若い白人警官が、あまりにも簡単に黒人の命を見捨てる。
最後まで見続けても、大きなカタルシスは無い。だからこそこの映画は、お薦めだ。単純でない現実を映した世界の中で、ほんの少しだけだけれども希望と救いを感じさせてくれる。安易な幸せは無いことを身に染みて感じ、生活している人々に、映画の奇跡を示してくれる。良質の映画とはこういうものだ。
大きな声でハッピーエンドを歌い上げる単純な映画も良い。それを無邪気に楽しめた時代が羨ましい。(実際にあったかどうかは知らないぜ)でもこうした現実に根ざし、嘘でない微かな希望の可能性を辛さと一緒に見せてくれる映画も良いもんだ。辛さや苦しさの中にも、微かに希望の光はある。奇跡の可能性を感じさせてくれる