『暗殺者グレイマン』 マーク・グリーニー 本 読書メーター

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)

 

 かって男たちの胸を熱くした冒険小説が、今時の装いできら星のごとく登場した。痛みを感じさせる痛烈なアクションが休むことなく展開し、主人公が次々と窮地に立たされるのは、最近のハリウッド産アクション映画化を彷彿させるが、ただの今時スリラーじゃないかと読まずにいるのは勿体無い。「冒険小説」の核、俺たちの胸を直撃する、譲れない男の生き方が、しっかりとここにある。ほんの一時関わった双子の姉妹を救うため、プロとしては馬鹿としか言えない行動をとる主人公、満身創痍の生身の身体を酷使し続ける姿には涙を流さずにはいられない。

『大家さんと僕』 矢部 太郎 本 読書メーター

大家さんと僕

大家さんと僕

 

 こんな風に人と繋がれたら素敵だ。恋でも友情でも家族愛どもなく、関係を表す言葉はないけれど、間違いなく大家さんと矢部さんは繋がっている。都会のファンタジーのようだ。読み終わった後に残る、微かに暖かくて柔かな手応えの感触もまた、都会のファンタジーのような幸せな贈り物だ。昭和を生きた素敵な女性、素直で教養と矜持があって凛とした芯と親切で優しい心根を持つキュートな彼女だからこそ私たちに幸せを運んでくれたのだろう。

『聖なる侵入 (1982年) (サンリオSF文庫) 』 フィリップ・K・ディック 本 読書メーター

聖なる侵入 (1982年) (サンリオSF文庫)

聖なる侵入 (1982年) (サンリオSF文庫)

 

 ディックの真髄を堪能。目の前にある現実が虚構なのではないか?人らしさとは?人工物と自然物を分ける何かがあるのか?等を経て、同時にドラッグと悪女によって狂い多くの友を失っていった人生の先にたどり着いた神学。満身創痍ながら真摯に書き続け得た物は、単なる俗なる宗教ではなく、神と呼ばれ崇められる者への燃えるような問いだ。混沌としたヴァリスも良いが、物語として纏めあげたこちらの作品の方がより私には響いてくる。善なるはずの者の救いが顕れない世界はいつまでも続いている。だから、ディックは今でもここに生きていると感じる。

 

30年ぶりに再読。卒論で繰り返し読んだのが懐かしい。 サンリオ文庫廃刊の後、創元推理文庫、ハヤカワの新訳と続いたが、やっぱりサンリオが一番しっくりくる。 一ミリも色褪せない内容なのが凄い。

『出版禁止 死刑囚の歌』 長江 俊和 本 読書メーター

出版禁止 死刑囚の歌

出版禁止 死刑囚の歌

 

 前作から数年、格段と小説としてのレベルが上がっていた。表の話だけでも、終盤の彼の行いと言葉に、一条の希望を感じ余韻を残す良いエンディングだった。ネタバレ解禁日までは詳細には触れないが、隠された真実の忍ばせ方が憎いくらいに巧妙だ。気づいたつもりの真実の、さらにもう1つ裏側がある事にたどり着いた時の驚きも強烈だった。あなたのそれは、本当に隠された真実か?

『リレキショ』 中村 航 本 読書メーター

リレキショ (河出文庫)

リレキショ (河出文庫)

 

 意思と勇気をもった生き方についてのお伽噺。だから、主人公の来歴や物語の綺麗な決着は大きな問題じゃない。切り取られたシーン、シーンに登場する人々の心の動きや関係を慈しみながら感じる事が心地よい一冊だった。こんな物語も時にはありだな。山崎さんの涙。ウルシバラの手紙や行動。良の決意。それぞれが愛しい。意思と勇気をもった行動や言葉が作る関係が、人そのもので、それを記して行くのがリレキショなんだな。過去の事実を列記する履歴書との違いが、そのままこのお伽噺の有り様なんだな。

『コンビニ人間』 村田 沙耶香 本 読書メーター

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 村田クレイジー沙耶香が、日常にまで侵食してきやがった。彼女は、性や性器、生殖や欲望に真っ向から向き合い、「常識」と言う心地の良い幻想を根底から揺さぶって読者に凶的で恐的な真実を突きつけてきた。今回は、コンビニと言う日常とは切り離せない世界を背景に、ごく当たり前の「普通」の薄気味悪い本来の姿を淡々と描いている。マニュアル通りに店員を全うする主人公と、「常識」通りに反応する登場人物や私たちとの間には差異はない、もちろん貴賤も上下も。主人公に感じる嫌悪や違和は、自分自身への鏡だ。これぞ読書のスリリングな体験だ。