『コンビニ人間』 村田 沙耶香 本 読書メーター

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 村田クレイジー沙耶香が、日常にまで侵食してきやがった。彼女は、性や性器、生殖や欲望に真っ向から向き合い、「常識」と言う心地の良い幻想を根底から揺さぶって読者に凶的で恐的な真実を突きつけてきた。今回は、コンビニと言う日常とは切り離せない世界を背景に、ごく当たり前の「普通」の薄気味悪い本来の姿を淡々と描いている。マニュアル通りに店員を全うする主人公と、「常識」通りに反応する登場人物や私たちとの間には差異はない、もちろん貴賤も上下も。主人公に感じる嫌悪や違和は、自分自身への鏡だ。これぞ読書のスリリングな体験だ。

『累 -かさね-』 映画 魅せられて見せ付ける、それが女優よ

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絶叫台詞と過剰な説明は、邦画の宿命として目をつぶっても余りある、役者が演じる事を演じるスリリングな映画だ。

 

舞台の魔力に魅せられた女優をテーマにした傑作映画『ブラック・スワン』に負けない、女優の美と狂気を描ききっている。

醜悪な顔へのコンプレックスから他者を演じる事で存在を肯定されると感じる女と、綺麗な顔を人に賞賛され崇められる事で存在を肯定されると感じる女が、舞台と言う狭く広い板の上での存在をかけて、お互いの存在を必要としながら憎しみを深めていくストーリーの展開も、怒涛のラストに向かっていくにつれ緊張感を増していく完璧な構成だ。

 

開幕早々の土屋太凰が演じる舞台女優の演技の微妙さと素顔の演技のステレオタイプぶりには苦笑するが、わかりやすい掴みで観客を安心させた意味は話が進むにつれ納得できる。キスによる顔の入れ替えを重ねるうちに、土屋太凰が演じる芳根京子の芝居、芳根京子が演じる土屋太凰に芝居があまりにも自然に展開され、スクリーンに映る土屋太凰の顔が一瞬芳根京子に、芳根京子の顔が一瞬土屋太凰に見えてくる。

二人の女優が、芝居だけで互いの顔を錯覚させるほどの演技の奇跡は、それだけで観る価値がある。

彼女たちの神がかった演技は、邦画の約束事を越え、女優の演技をスクリーンで観る事の悦びを改めて感じさせてくれる。

 

口紅の理屈がまるで説明されなくてもいいじゃないか。累の少女時代のいじめの理由がよく分からない醜さだっていいじゃないか。関ジャニの横山の演技が棒だっていいじゃないか。土屋太凰のダンスシーンが長いのだって許せる。と言うかこのダンスは、この後の展開上必要だな。

土屋太凰と芳根京子の演技を観られるだけで十分満足できる映画だから。

 

『かもめ』『サロメ』と演じる事をテーマにした舞台と、累=ニナの心情が共振していて観客も感情移入がしやすい。舞台でスポットライトを浴び賞賛される事の強烈な感覚を経験していない人間でもそこにある悦びを自然と理解できる。

 

美醜をめぐる女どうしの争いと、才能と造形で男を奪い合う愛情の物語が、ギラギラした純真で狂った欲望=世界を一人で背負い世界すべてから賞賛される瞬間を得る事のできる一握りの舞台女優のみが手に入れる恍惚への欲望へと最終的に収束していく。

 その瞬間を切り取ったラストシーンには鳥肌がたった。断ち切り方が完璧だ。

エンディングの歌は要らない。欲望が成就される瞬間の昂りを感じさせるその瞬間、プツリと暗転する事で、その先に待つ希望と破滅を感じさせる『累-かさね-』らしい終わり方だ。

『朽ちないサクラ』 柚月 裕子 本 読書メーター

朽ちないサクラ (徳間文庫)

朽ちないサクラ (徳間文庫)

 

 

不祥事に関するスクープ記事による警察署の騒動から始まる出だしは、非常に魅力的だった。警察の総務系職員の視点と言う王道とはすこしずらした構成に、期待は高まった。 しかし残念ながら、その期待には充分に答えてくれる読書体験ではなかった。三人称多数視点の構成の悪い部分が、物語や登場人物への共感を薄めさせていると感じた。泉の決意が最終的に希望を表すものであるならば、物語の中心は常に泉の視点であるべきで、解決の中心が他の人間の視点になるのであれば、物語の残す物の扱いは泉が語るべきではない。中途半端な印象は拭えない。

『汝、コンピューターの夢 (〈八世界〉全短編1)』 ジョン・ヴァーリイ 本 読書メーター

 

想像の矢の射程の長さに驚く。70年代に放たれた著者の想いとイマジネーションは充分に現代にも鋭さと優しさを失わず、読者である私の胸に届いた。表題作のVRと意識の関係は今だからこそ尚更意味を深めているし、「歌えや踊れ」のフィジカルとメンタルの脈動と融合が織り成す音楽の豊かさは永遠に人の心に響き、美しさと隠微な快楽を感じさせる。一編いっぺんが、豊かな想像力とセクシャルで開放的な肉体の悦び、生の力強さに溢れ、作品に触れている時間が嬉しいものになっていた。SFの面白さと幅広さを改めて教えてくれる傑作短編集だ。

『ガラパゴス 上・下』 相場 英雄 本 読書メーター

ガラパゴス 上 (上) (小学館文庫)

ガラパゴス 上 (上) (小学館文庫)

 
ガラパゴス 下 (下) (小学館文庫)

ガラパゴス 下 (下) (小学館文庫)

 

 

震える牛』に痺れたのは、食肉業界と言う禁忌に正面から向き合い物語を構築していたからだ。今作もタイトル『ガラパゴス』から製造業のタブーに斬り込んでいく物語を期待していたが、良い意味で想像を裏切られた。企業の利益追順が生んだ悲劇の話だった。事件を追う中で浮かび上がってくる日本の労働環境の闇は、既に知る光景で、タブーに斬り込む鋭さは劣るが、主人公が被害者の身上を探求していく中で露になる、残酷な環境の中でも凛とした彼の生き方と主人公の無念な怒りが胸に突き刺さる。いつの間に世界は非道が当たり前なっていたんだろう。

『宇宙ヴァンパイアー』 コリン ウィルソン 本 読書メーター

宇宙ヴァンパイアー (新潮文庫)

宇宙ヴァンパイアー (新潮文庫)

 

 

非Aのヴォークトや初期のディックを読んでいるかのような感触。ガジェットやSF的設定や展開は両者の方が強いけれど、肌触りがなんとも似ている。語りたい何かがあるようでなくて、ないようであって、理論的なようでいてどこか大雑把な所などだろうか。思想的、哲学的な何かを深く共有や共鳴するわけではないけれど、エンターテイメントとして最後まで飽きさせない、B級の勢いが面白い。精神のヴァンパイアーが暗喩する人間の有り様を考えようとしても、美女との絡みがエロすぎてどうでも良くなるのが素敵。