『分岐点』

凄い。太平洋戦争末期の中学生と俄将校・古参伍長逹の哀しい小説。
舞台は過去だけれど、ここにある問題と哀しさと虚無感は、現代にこそ深く考えさせられるモノだ。
理想に真摯だからこそ周囲から怪物のように浮いてしまう少年の起こした事件。一度掲げられた理想に真に真摯である事は、純粋な十代の少年ならば誰にも責められるものではない。現実を見ていない、建前と理想の棲み分けが出来ていないなどの批判は、この純真な少年には届かない。そうした言葉を口にする資格はどんな人間も持っていない。
そして彼が信じた理想は、建前と、社会という気分でしか形成されない社会の総意と、責任を持たず大本営発表に堕したマスコミが歌い上げているものでしかない。それでもその掲げられた言葉そのものには間違いのない理想がある。例え言葉だけだとしてもだ。
今、この日本で論議され、口にされているイラクを巡る派兵の問題や、平和に対する問題。現代が、この戦争末期の状況と何が違うと言うのか。少年に今は、あの時よりも良くなっていると胸をはって言える日本人がどこにいるのか。社会の総意、世論、今日本にある社会の気分やマスコミの報道は、あの悲劇の時に沢山いたであろう少年に対して釈明できるものだろうか?そういう自分は彼に対して何か語る言葉を持っているだろうか?
何もありはしない。そして何も持たない自分が無力である事を噛みしめるくらいしかできはしないのだ。
彼の哀しさを思う時、胸に湧く重い想い。これだけを感じて信じて何かを行う、行おうと思う事しかできないだろう。その気持ちだけでも、ほんの少しの進歩だと思いたい。

現在の日本がこのまま仮に戦争へと進んでいったとしたら(もちろんこんな単純な事が起こるほど今の社会はシンプルじゃない事は分かっているよ)、何が起こるか。何ができるか。どう生きる事ができるのか。

ずっとずっと考えていこうと思う。

これって読後の感想か?古処の文章はとても上手い。語り部である少年の心情や、彼を通して語られる少年や大人や少女の様子は、自分が昔十代だった頃の事を思い出させてくれる。