『パイド・パイパー』

渚にて』のネビル・シュートの1940年代の作品。殺人事件も不可思議な謎も一切登場しない、冒険小説。主人公は70歳のイギリス人弁護士。彼が、第二次世界大戦下ドイツ軍のフランス侵攻の危機を逃れるため、南フランスの片田舎からロンドンへと移動するだけのお話だ。
謀略もアクションも秘密兵器も二重スパイもない、それでも極上の冒険小説だ。一本筋の通った骨のある老人が、くたびれきった体に鞭打ちながら、子供逹とロンドンを目指す。老人の気概と、約束・子供への思いを通すための意志が琴線に触れる。
行きがかり上の約束を守る事がやがて一緒に行動する子供逹への思いに代わり、思い通りに動かなくなった体を嘆きながら、自分にできる限りの行動を貫いて行く。冒険小説に登場する男そのものだ。時に足手まといになり老人の行動を邪魔してしまう小憎たらしい子供逹を、それでも大きく受け止め守っていく。ナチスの親衛隊に連行されても、ずるい行動を選択する事無く自分の行為に誇りを持てる方法で、子供逹を連れて行くための行動をとる。
爺さんの姿に、じんわりと熱くなる。70を過ぎても、例え体のキレがなくなり非力な存在になったとしても、主人公のバスのようにあろうと思う。上質の冒険小説に触れた時の心の熱さは、どうしてこうも気持ちよいのだろう。誇り。勇気。意志。日々の澱をこそぎ落とし、生きていこうと改めて思う。
軽やかなユーモアも、心地良い。
地味なタイトル、あらすじだけれど、超お奨めの一冊だ。
■文庫 パイド・パイパー −...創元推理文庫