『神の手』

オンラインで当初発表された小説の文庫。書く事に取り憑かれた一人の女性を巡るミステリー。小説を紡ぐ事の狂気を受け入れて生きた女の姿が、静かに壮絶だ。エキセントリックであるわけではない、狂気を肯定して受け入れた人間の緻密な描写にぐいぐいと引き込まれ、最後まで息もつかせぬ小説だ。
オンライン小説としてベストセラーになった事も頷ける。
書く事を一度でも志した者は、彼女の存在に嫉妬するしかない。
自分の中に棲む一匹の怪物に身を捧げ、発表する事が目的ではなく、ただ書くためだけに書く姿は想像するだに壮絶だ。そして、今ここでそうではない自分の姿に、絶望的な心持ちになる。
日常を生きながら書くと言う安易なバランスを取ろうとする自分の甘さに、言い訳しかできない。

ミステリーとしての決着と狂気を扱った小説との終焉が同時に絡み合い、最後の山中での主人公逹のやりとりに流れ込んでいく。この絶妙なバランスが、この作品の最大の醍醐味だ。
作者の才なのか、この小説だけの偶然の奇跡なのか、それは自作以降に期待するしかないのだが、少なくともこの作品は、作者にも取り憑いた神の手のなせる技だと断言できる。
小説を書こうと一度でも思った事のある人間、創作を志した人間はぜひ読むべし。