『宗教が往く』松尾スズキ

ストーリーなんてどうでも良い。壮大ではないが、哀しい恋愛小説。ただし、「愛」を正面から扱っているわけでも、語っているわけでもない。稀代の恥ずかしがり屋で照れ屋で、自意識過剰な作者がストレートに愛など描く訳もない。
松尾(作中の私)とカオリとの出会いから別れが文章の後ろから静かに伝わってくる。美しくなく幻想的でもなくリアルでエロい生身でドロドロした”演劇的”愛。精神至上主義でも、肉体至上主義でもない、まるごとの愛だぜ。カオリのなんとも酷くて素敵な事か。
連載5年の間に別れがあり、作品を書いていたモチベーションに歪みが生じ、書く意義さい見失った松尾スズキの心象が、後半強く伝わってくる。それも含めて文章ににじみ出てくる作者の性根が心地良い。
文章も独特のグルーブを醸し出している。舞城のような力業のグルーブ感じゃない。普通の文章が積み重ねられていくなかで、他では味わう事のできない空気が産まれているのだ。
愉しい。ストーリーの破綻なんてあげつらっても意味無い。
巨頭のフクスケとミツコの愛。演劇的な展開。ドラマ。初めに考えられていたラストシーンにドラマティックなリアリティを持たせるために語られていたはずの物語が、そのエンディングを失い空回りし始める空気。読んでいる間の興奮は、読書と演劇の両方を味わっているかのようだ。
強力に推薦する。