「風の払暁 満州国演義一 」(新潮文庫) 読書メーター

 

風の払暁 満州国演義一 (新潮文庫)

風の払暁 満州国演義一 (新潮文庫)

 

 

満洲建国前の日本。当時の空気感や恐慌の重い閉塞感などが物語の背後から滲み出ていた。今の常識で、過去の行動を批判したり断罪することは愚かで、作者の目線にはそんな濁りは一切ない。様々な価値観を象徴する四人の兄弟たちが、時代の波に飲み込まれ、弄ばれていく様子を描きながら、満洲の姿や日本の有様を描き出していく。陸軍や政治家だけが非道だったり悪魔だったわけじゃない。日本人が全員愚かだっただけだ。現代が戦前の空気に似ているなんて言葉は思考停止だ。人は進歩なんかしていない、右も左もあの頃から変わらず愚かなだけだ。

『汚れた赤を恋と呼ぶんだ 』 河野 裕 本 読書メーター

汚れた赤を恋と呼ぶんだ (新潮文庫nex)

汚れた赤を恋と呼ぶんだ (新潮文庫nex)

 

恋と簡単に言ってしまえば済みそうな、でも実際には言葉で定義してしまうと零れ落ちてしまう、ニュアンスや多色な心象を、出来る限り丁寧に積み重ねた言葉で形にしようとする作者の姿と、文章を通して伝わってくる目に見えない物にずっと心を揺さぶられる。成長したつもりの自分は、何を捨てたのか、拾ったのか。見えないけれどある、この感触や面倒くさい感情はまだ胸に残っているのか。自分の胸の奥を覗くような読書は嫌いじゃない。表と裏の二人が、それぞれを受け入れ、それぞれの距離で先に進む結末は素敵だ。私にはこれでシリーズ終了で良い。

 

 

 

 

 

『その白さえ嘘だとしても』 河野 裕 本 読書メーター

その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)

その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)

 

 物語全体の背景に、静かに存在している様々な白のイメージと象徴するものが愛おしい。混色が望み続ける白。逆に恨んでしまう白。全くの汚れのないそのままで存在している純白。すべてを包むように降り注ぐ白。想いのこもった言葉とともに吐き出される白。……。欠点や欠陥だらけだとしても、変わろうとすることや受け入れることで、奇跡は起こせるし、起こるってメッセージに素直に共感できる。七草や真辺だけでなく全ての登場人物たちが愛おしくてたまらない小説。ちょっと気恥ずかしくさせる事も含めて、好きだ。

 

 

zero0.hatenablog.com

 

『いなくなれ、群青』 河野 裕 本 読書メーター

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

主人公僕の、繊細であやふやながら強い意思のこもった想いを、痛いくらいに感じる良作。自分の中の若く青い部分、忘れてしまった部分、隠してる部分などをずっと刺激され続けられ、僕と同じように大切に大切にしている事を思い出し、共感以上の感情に心が揺さぶられる。「いなくなれ、群青」その一言にこもっている、10代の頃持て余していた細やかだけれど自分勝手なあの感情に、胸が張り裂けそうになった。真辺という存在と想いを描くための小説で、けっしてミステリーでもファンタジーでもない。だからこそ他にない素敵な作品になっている。

「DRIVE」★★★★

静かな男が、唐突に露にする暴力。映画全体を象徴するような、駐車場へ向かうエレベータ内のシーンに魅せられた。
一瞬前に唇を通し触合い気持ちを伝えたはずながらも、主人公と女性との間に流れる埋まることのない隔たりの空気。断ち切りように閉じるエレベータのドア。諦めと寂寥を抱きながらの切ないキスから瞬発の暴力への移り変わり、止まることなくエスカレートしていく暴力性を淡々と描きながら、そこにヒロイックな空気は一ミリも存在しない。痺れた。
ストイックともまた異なる静かな男のありようと、内に存在する過剰な凶暴性は、観るものを魅了する。行儀よく子供と並んで座りながらアニメを見ているイノセンスな姿と、相手の体を破壊しつくかのように蹴り続ける冷静な表情が、無理なく同時に存在する主人公の造形や、背景となる
街並を切り取るカメラワークの、映画的快楽に溢れた空気もすばらしい。

「ヴァルハラ・ライジング」★★★★

北欧神話をベースにし、ヴァイキングの世界を背景にしたスタイリッシュで凶暴な暴力と戦士の再生の物語。
ほとんど台詞のない冒頭10分あまりのシーンで完全に俺のハートは鷲掴みされ、観念的な世界観が展開する終盤まで一挙に映画の世界に魅せられた。
全身にペインティングをされた奴隷同士の殺し合いの、どこまでも凶暴で痛みに溢れたバイオレンス。説明する台詞は一切なく、乾いた質感と完璧な構図で見せる映像。これぞ映画。観ている間の興奮は他に代え難い。奴隷としての生活を強いた族長を殺し内蔵を引きづり出す画の、震えるほどの力強さ。
北欧神話を良く知らないので、終盤のストーリーの意味は理解できていないが、隻眼の戦士オーディンの宮殿ヴァルハラ、そこはキリスト教徒のヴァイキング達が流れ着いた地獄と、その地獄で我が身を犠牲として次代の種に意思を継ぐ獣性に溢れた寡黙な戦士が漂流し再生する神話の物語は、これ以上無いほど削ぎ落とされたスタイリッシュな映像と、過剰な凶暴性で彩られ、言葉で語り尽くせない暴力的な快楽が映画から溢れ出てくる。
「DRIVE」以上に過剰で凶暴な暴力と、寡黙なスタイルは監督の真骨頂だ。ただスゲーと心の中で言い続けることしかできなかった。
ストーリの意味は要らない。映像の力に犯され続ける快楽。これこそ映画だ。