『ダンケルク』 映画  戦争映画、いや戦争に物語を求める人はご遠慮ください

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フランス北部のダンケルクで実際に行われたダイナモ作戦、ドイツ軍に追い詰められた英軍、仏軍の兵士約35万人の撤退作戦を映像化したノーラン監督作品。

 

IMAXにて鑑賞。

重低音が椅子まで震わす圧倒的な音と、隅々まで空気が張り詰めている映像、安易なCGに頼らない圧倒的な絵の力が、約100分続く、大傑作。

 

派手な戦闘はない。

英雄はいない。

状況を説明する台詞はない。

プロパガンダに陥っていない。

悲劇も喜劇もない。

家族や地元への愛の物語もない。

人情やお涙頂戴の物語もない。

憎むべき敵役も悪徳ファシストもいない。

ドイツという言葉さえでてこない。

女性は隅の方に4、5人しか映らない。

既存の戦争映画なら映画を持たせるために必要な要素が一切ない。

 

それでいて、「戦争映画」としか言えない。

ぬるい涙や、くだらない愛なんてクソな余白や中だるみがない。

それでも人の生きる姿や誇り、同時に悲哀や絶望が伝わってくる。

まさに「戦争映画」として一瞬たりとも目が離せない、今後百年語りつがれる映画を一分の隙なもなく完成させたノーランは、間違いなく映画の申し子、天才監督だ。

 

プライベート・ライアン』が戦争映画の戦闘シーンを一新したように、『ダンケルク』以降の戦争映画は、これを超える力を持たない限り、新しい何かを見せることは難しいだろう。

 

海、陸、空それぞれの時間が異なる展開が、めまぐるしく入れ替わるが、最後に収束していく中で一本に繋がっていき、複雑さを感じることはない。

私たち観客は、戦場、飛行機の中、観覧船の中それぞれの人々と空気や音を共有しながら、作品の緊張を鑑賞中味わい続けることができる。

 

冒頭の銃弾から始まる映画は、最後の一瞬まで途切れることなく緊張感マックスで展開し、映画に浸る心地よさを与え続けてくれる。

映画に犯される快楽を、とことん楽しめる。

 

映画を観て語る「物語」や「正義」はここにはないが、映画を体験する事で語りたい事に溢れている。時計の音。鼓動の音。それらを延々と聴かせ続ける伴奏。実機を飛ばす空中戦。メッセーシュミットの姿。何度も沈没する船の様。光と暗闇の対比で見せるカットの数々。絵と音に関わる全ての事が語り尽くせない力に溢れている。

これぞ、映画だ。

 

展開の軸になる英軍の若者が、撤退作戦の最後列車の中で見せる表情が憎い。

軍人としての勝利ではなく、民間人の手助けがあってはじめて成立した撤退作戦の成功に対して、国民の歓迎を受け、チャーチルの勇ましいスピーチの原稿を読み、それでも浮かべる言葉にしない一瞬の表情と暗転。

ダークナイト』のラストカットのブチ切りにも痺れたが、この映画のラストも鳥肌ものだ。最後の最後まで安易な「正しい」戦争映画にしない。ノーランの「戦争映画」として終わらせる。

 

家庭のテレビでは味わえない。体に響く音と目に訴えかけてくる映像を大スクリーンで体験して欲しい。