「刑務所の中」

崔洋一監督が花輪和一のベストセラーマンガを原作に制作した作品。まずい。この映画を観ていると、刑務所に入りたくなってくる。山崎努が演じる主人公の花輪の視点で語られる刑務所暮らしは、悲惨だとか辛いだとかとは縁遠く、奇妙で癒しさえ感じさせる場所として語られる。少女回春、殺人、薬物中毒、窃盗、銃刀法違反など様々な刑罰で入所した同室の面々と過ごす淡々とした日々、たわいもない会話に真剣になる大人逹、どのエピソードも個性的な人々の生活が、ほんわりと心に染み込んでくる。こんな生活なら、今の生活を暫く離れて入所して過ごしてみたいと思わせる。チョコレートクッキーアルフォートとコーラで映画を鑑賞する事をこんなに楽しみにしている大人逹がどこにいるだろう。消しゴムひとつ拾うのに、挙手の上許可が必要な生活のはずなのに静かに流れる充実した日々は、堀の外には存在しない。花輪の視線で語られ、同居する連中の穩やかな奇妙さのおかげで、この堀の中の生活は一種のファンタジーになっているが、それでも規律に縛られてルール厳守を義務づけられた生活でこそ、日々の小さな充実に感動する事ができるのではないかと思わせる。
ワンシーン出てくる窪塚の演技も、この映画の中では独自の色を発してなんか良い奴じゃないかと見直したりしてしまう。
本当の刑務所の中がどうなのかは知らない。典型的な刑務所ものの映画で見かける殺伐としたものでなく、実際にはこういう風に淡々と時間が過ぎていくんだろうなとリアルな感覚と、共感を抱いてしまうこの作品は、独特の魅力を持った不思議な映画だ。
山崎努の存在感は、あいかわらず抜群だ。若い時、中年の時、壮年の時、老年に足がかかった時、それぞれに男の匂いや存在感、空気を感じさせてくれる、日本俳優史上一番と言っても過言ではない役者だ。静かに熱いぜ、彼の演技は。またも新しい演技の幅に改めて魅せられた。
足踏み、前へ習え、ラジオ体操。この刑務所の中で行われる管理のほとんどが、小学校から始まる学校生活で実践されていたものに気付いて、居心地の悪い気分になった。学校と言うのは、子供という無秩序の生き物に、規律やルールを体に染み込ませる場所なんだなと思い出させると同時に、今でもこうした事がちゃんと機能しているのだろうかと疑問を抱く。俺は、こういう型にはめる行為は、子供と言う異性物を大人と言う生き物にするためには必要なものだと思っている。ルールや規律を身につけた上で、個性は発揮すれば良いのだ。この映画を観ているとさらに、しっかりと強く規制やルールがある時にこそ、凡庸な人々の個性は発揮するものなんだろうなとも思う。縛りの無い状態で、本当の個性を発揮する事ができるのか、果たして疑問だ。今街に溢れている個性は、個性的と言うコードでしかない気がしてしょうがない。
映画の感想とは少し離れたが、堅苦しい事はあまり映画とは関係ない。シンプルに、山崎努の花輪とその同房の囚人たち、刑務所と言う名の社会から隔絶したパラダイスの日々の淡々した個性的な魅力を堪能して、やばい刑務所に入りたくなってしまうと感じてくれれば、それで良い。面白い映画だ。誰にでもお奨めする。ちなみに女性の登場人物は一人もいない。それだけでも邦画としては異色だ。