『六月の蛇』

塚本晋也。薄青く色づけされたモノクロームの映像は、ぬめりとしてエロチックだ。降り続ける梅雨の雨のように、濡れそぼりビチャビチャとした空気の質感もエロチックだ。
心の奧に隠し、一人こっそりと満たしていた女の欲望を、死を意識する事で開放していく。開放させる男もまた死に直面した事で、はじめて女に関わる事ができた。そうしたエロスに触れる事で夫である潔癖性の男も、死に近づいていく。
最後の夫婦のセックスは、強烈なエロスと死に触れる事ができたからこそ、再生の儀式として悦びを感じる事ができたのだろう。
勃起して欲望を満たすためのエロスはない。
素人臭い演技のせいで、スマートにはエロスを感じる事はできないかもしれない。それでも粗野であるからこそ、強いエロスが伝わってくる。主演の黒沢あすかは、どうなんだろう。筋肉質でしなやかな体は、硬すぎるような気がする。もっと柔らかな筋肉のしなやかな裸の方がより一層エロかったのではないだろうか。神足の禿も気になるんだよな。
一番違和感があったのは、廃工場での神足と塚本のシーンだ。このシーンは、古い邦画の匂いがぷんぷんとする。わかるんだ、何をしたいかは。男のペニスがああなるのも、何の象徴かも伝わってはくる。でもこういう観念的な処理はいけない。せっかく深いエロスと男女の”愛”を扱うのであれば、こういうATGくさい手法は興醒めだ。ストレートに現実に即した表現で扱ってくれれば、もっともっと強い映画になったのに。残念だ。
それでも、最後まで見せるプリミティブな力は魅力的だ。
いつまでも降り続ける雨の中で、女を誘惑してエロスと痛みを経た再生を与える男は、アダムとイブを誘惑した蛇だ。時々カットインされるかたつむりの滑りに似た粘着質な蛇の誘惑で、女はエロスと言う快楽を得、そのエロスは夫にも禁断のエロスを与える。