『神は沈黙せず』

良いSFは、本を閉じる事を忘れさせいつまでも読んでいたいと思わせる。未知の世界や話を次々と展開していき、読者を強く引っ張っていく。別にSFに限らないが。
この本は傑作だ。今更ここで書く事でもないか。すでにSFが読みたい04で03のベストSF第三位の評価を受けているし。
本格SFでも、ミステリーでも、とんでも本の集大成でもかまわない。ジャンルに関係なく「神と人」をテーマに繰り広げられる物語は、魅力的で幻惑的だ。
観念的な話に陥らず、生きた登場人物逹が活き活きと物語りを進めていく。抽象的ではっきしりない結末でお茶を濁さず、はっきりと結末を提示する。
明示するだけにその結末をどう受け取るかで、作品の評価は絶対的に分かれるだろうが、それでも言葉にしつくした作者は素晴らしい。俺はこの結末と結論は高く評価したい。俺も俺を信ずる。
男の子(俺は女の子の心理をしらないので、男の子の事しか書けない)なら少年の時に一度は、神の存在、人はなぜ生きるのか、生きる意味はなどの事を深く考えナーバスになる時期がある。そうしたナーバスな時に一つの答え、答えの可能性を示してくれるのが上質なSFだ。少なくとも俺にはそうだった。
世間や学校の教育から観たら正しくはないかもしれないが、悩む自分への論理的でかつ想像力に裏打ちされた壮大で確固としたビジョンを示してくれるものだった。おおげさに言えばパラダイムシフトを起こしてくれ、世間の常識と言う一面的な信仰から解放し新たな世界と価値の可能性を教えてくれるものだった。
理知的である事の大切さも、みんなSFとミステリーから教わった。
この作品が示す、人の信仰や存在の仕方は、真実をついているだけにある種の人達には不快だろう。この作品を不快だと感じるだけその人は幸せだ。SFの持つ力で新たな価値観を手に入れる事ができる可能性を持てるから。不快だと感じる事もなく、たかが小説だと思う人は不幸だ。一生のその監獄から抜け出す事ができないから。十数年も前にディックはその暗い監獄にとらわれた人達の不幸を書いていたと言うのに、今だ監獄が崩れる事はない。この作品が広く世の中で読まれたとしても、監獄には少しも傷がつかない。
俺は監獄を壊す事はできないが、こうした本を読むと少しでも多くの人に監獄の存在を知り、自分で生きる事を考えて欲しいと思う。オリジナルな考えでは無いかも知れないし、誰かの受け売りかもしれないが、少なくとも思考停止に陥って既存の価値観に縛れる事はない、と自分を信じている。おかげで日常生活で問題が起こったりもするけれど。
この本は傑作だ。読後深く考えさせらる。読後どころじゃない、読んでいる間中、神、生きる事、意味について認識を新たにさせられる。何よりもオカルトやトンデモの世界に対する認識を新たにさせてくれる。どうして人はここまで弱くいいかげなんだろう。真面目だと言われる人程その可能性が高いのだろう。
なにはさておき『神は沈黙せず』は、本格SFだがSF嫌いの人にも自信を持ってお奨めできる一冊だ。あなたが細木数子や真光さまに心酔しているのならなおの事お奨めしたい。